ルークを動かしてから。
 しまった。と思ったけれど、もう手遅れ。
 これではもう逃げることができない。
 そろりと顔を上げると、にやりと笑って彼女は言った。

 「失敗したわね」

 「…そうね。ちょっと迂闊だったわ」

 それなりに張りつめていた緊張をといて、ソファに背を預ける。
 せっかく祥子に教えてもらったチェスなのに。
 いつの間にか、暇つぶしに本を読んでいた彼女の方が強くなっている。
 器用に何でもこなせてしまうその才能も、こんな時には少し恨めしいけれど。

 「喉渇かない?何か入れるわ」

 上機嫌でキッチンへ向かう背中を見ていると。
 楽しそうにしてるから、それでもいいかしら。なんて。
 しばらくして紅茶の香りと共に戻ってきた彼女が、私の隣に座る。

 「祥子には勝てるようになったのに、どうして江利子には勝てないのかしら」

 「どうしてって、それは私が蓉子の弱点を知り尽くしてるからじゃない」

 紅茶を飲んで一息ついてから言った言葉に、何を今更といった感じでさらりと返されて。

 「弱点?」

 そう言って隣の顔を窺ってから。
 しまった。と思った。この展開は、さっきとどこか似ている。

 「そう。たとえば…」

 耳朶に触れるほど、すぐそばで囁く声。
 反応した身体が、思わず後ずさりする。

 「そういうところ」

 くすくすと笑いながらなおも距離を詰めてくる彼女に対して、私ができるのはほんのささやかな抵抗。

 「今しているのはチェスの話でしょう」

 「じゃあ、その話はこれでお終い」

 いつの間にか私の背はソファの端まで追いやられていて。
 にっこり笑って彼女は言った。

 「チェック・メイト」