はちみつ色の夕暮れ
黄昏というには、まだ明るい。
太陽はすっかり沈んでしまったというのに、
西の空は鮮やかな茜色に染め上げられていて、眩いほどに輝いている。
明日も良い天気になりそう。
そんなことを考えながら、家へと続く道を歩く。
ゆったりとした時間が流れる、夕刻。
玄関を開けると、見慣れたスニーカーが我がもの顔で。
言葉そのままに、脱ぎ散らかされていた。
「まったくもう。子供みたいなんだから」
ため息混じりに呟きながら、靴をそろえて部屋に上がった。
西日の差し込むリビング。
靴の持ち主は、ソファに横たわっていた。
よほど暇を持て余していたのか、普段私が見ていてもほとんど興味を示さない雑誌が
テーブルの上に投げ出されている。
「聖?寝てるの?」
静かに近づきながら、小さく声をかける。
反応はない。
ソファの前にぺたりと座ると、少し上から間近に聖の顔を見下ろした。
規則正しい、穏やかな寝息が聞こえる。
こんなふうに聖の寝顔をじっくり見るのは、初めてかもしれない。
こうしていると本当に彫刻のように見えるほど、端整な顔立ち。
長い睫毛が白い肌に幾筋もの細い影を落として、彫りの深さを際立たせている。
斜めに差し込む柔らかな夕暮れの光に、色素の薄い聖の髪が蜂蜜色に輝いていて。
やっぱり、綺麗だと思う。
ふいに、切ないような、懐かしいような。
既視感。
いつかも、こんな光景を・・・。
そう気づいてから思い出すまで、時間はかからなかった。
あれは。卒業も間近となった、薔薇の館。
あの時も、柔らかな日差しがふたりを包んでいて。
聖の髪が光を反射してきらきら輝くのを、綺麗だと思った。
暖かな空気の中。
そのまま、溶けてしまいそうだと。
あの頃は。
触れることができないから。
この手が届くことはないと思っていたから、そう感じたのだろうか。
今は・・・。
そっと、聖の髪に指を埋める。
陽光に暖められた所為で、いつもより柔らかい。
絡んでしまわないように、ゆっくりと指先で梳いていく。
指の間からさらさらと零れ落ちる髪は本当に蜂蜜のようで、その香りすら漂ってきそう。
口をつけたら甘いかもしれない・・・そんなふうにすら思えてしまう。
そうして、どれだけの時間が過ぎただろう。
変わらず部屋の中は淡い色彩に彩られているけれど、
差し込む光の角度は、もう随分と変わっている。
飽きることなく髪を梳いていた手を止めると、聖が小さく身動ぎした。
ゆっくりと、瞼が開いていく。
「おはよう、聖」
囁くようにかけた言葉に、まだぼんやりとしたままの瞳が反応する。
私の姿を捉えて、ふにゃっと笑った。
「あー、ようこ。おかえりー」
間延びした言葉と、寝起きの笑顔。
本当に子供みたいで、なんだか可愛い。
でも、そんなほのぼのとした雰囲気に浸るのも束の間で。
「蓉子、ただいまのちゅーは?」
そう言われて、ただいまと言いかけた唇が止まる。
ここに来る度に言う台詞は、寝起きでも忘れることはないらしい。
もう慣れたと思っていたのに。
油断していた所為か、顔が赤くなっていくのが分かる。
いつもだったら、はぐらかしてしまうけれど。
聖の顔はいつものにやけた顔じゃなくて。
だらしないくらい緩んだ笑顔が可愛いから。
たまにはいいかな。なんて。
今が夕暮れ時でよかったと思う。
聖の顔も同じ色に染まっているから、からかわれることもない。
そんな、必要もない言い訳を自分にしてみても。
結局は、聖を愛しいと想う気持ちを素直に表したいだけなのだと、
単純な理由に気がついて、余計に顔が熱くなった。
だから、白い壁に反射する光が消えてしまう前に。
「・・・ただいま。聖」
そう言って、そっと蜂蜜色の髪に口づけを落とした。
今回のほのラブSSは、いつも素敵な絵を描いてくださるnyさまへの
お礼という名の押し付け品です;
聖蓉子でキーワードは“髪”というお題を基に書かせていただきました。
ジャンルはお任せだったので、ほのラブで。甘いのを目指したのですが、どうでしょう。
自分では、書きながら恥ずかしくなってしまったんですが・・・。
......2004/5/29